【Akiko Togo】作家・書評家の印南 敦史氏による『SUN』オフィシャルライナーノーツを公開!
2021/09/16

リード・シングル“Fallin’ in Love Again”のMVを目にしたときから、Akiko Togoというシンガーソングライターは、ちょっと勝ち気なタイプなのだろうと思っていた。それくらい、同曲でのヴォーカルワークは自信に満ち、堂々として見えたからだ。

ところが、実際の彼女はまったく違った。よくある表現を用いるなら“天然”で、驚くほどに純粋な女性。おっとりしていて、物腰も柔らかだ。

そんな人間性は、生まれ育った喜界島の環境によって培われたものなのかもしれない。

「南洋諸島の喜界島は沖縄にも近いだけに、三線とか島唄とか、沖縄からの文化的な影響もかなりあるんです。親戚で集まると、最後は三線を弾きながら歌ったり踊ったりしたり(笑)。子どものころからそういう環境で育ってきたので、沖縄の人に親近感を覚えているんですよね」

島の小さな教会の牧師夫人が開いていたピアノ教室に通い、4歳からピアノを弾き始めた。「全然うまくならないんですけど(笑)」と謙遜するが、いまもピアノは彼女にとっての重要な武器のひとつだ。ただし自分が歌を歌うことになるとは思っておらず、シンガーソングライターになってからは「あなたが歌を歌うなんて!」と家族や同級生から驚かれた。それもそのはずで、歌を歌い始めたのはずっとあと、山口県の大学に通っていたときのことだった。

「そのころ、市内の“ポルシェ”っていう古いジャズ喫茶でアルバイトしていたんです。お店でのライヴを見ながら、最初は『人前に立って歌うなんて、絶対に私にはできない』と思ってたんですけど、そのうち真似して歌い始めるようになって。バンドを組んで歌わせていただいたり、セッションのときに1曲覚えて歌わせてもらったりとか。最初のころはそんなかたちでやっていました」

ブラック・ミュージックの洗礼を受けたのも、その店でいろいろなレコードを聴いたことがきっかけだった。

「ダニー・ハサウェイを聴いて、涙が出るほど感動したり。あとはアース・ウィンド&ファイアとかスティーヴィー・ワンダーとか、黒人さんのフィーリングにすごく心が惹かれました」

とはいえ音楽の道に進もうとは思っておらず、大学卒業後は事務の仕事をしていた。だが、そんな時期に憧れていたシンガーのステージを観て、「真剣に音楽だけに向き合っている人って、なんてかっこいいんだろう」と衝撃を受ける。「いったい、私はなにをやっていたんだろう?」とも。

その結果、「なにができるかわからないけど、私もやってみようと」と決意することになったのだった。

転機は二度あった。まず最初は、神戸でアルバイトをしながら歌っていたときのことだ。自身の活動や表現について「こういうことじゃないんだよなぁ……」というモヤモヤとした思いを引きずっていたころ、たまたまライヴを観に来たプロデューサーの前田和彦氏から、「一緒に曲をつくりましょう」と声をかけられた。そして生まれたのが、2013年のファースト・アルバム『Home Sweet Home』だった。

「神戸時代、アメリカに嫁いだ従姉妹に頼まれてイリノイ州の家にベビーシッターをしに行ったんです。『Home Sweet Home』に収録されているのは、当時のことを思い出しながらつくった曲。以後はそのアルバムを携えていろんなところへ歌いに行ってたんですが、そんなときヴィレッジ・アゲイン・アソシエイション(以下:VAA)に見つけていただきまして。スタッフに恵まれたおかげでいつしかモヤモヤも消えて、自分のなかにある音と真剣に向き合ってみたいなと思えるようになったんです」

VAAからは、2016年12月にシングル“月ノ銀貨”を、2019年にミニ・アルバム『Voices』を発表。そして、2021年1月の先行シングル“Fallin’ in Love Again”に次いで、9月22日にニュー・アルバム『SUN』をリリースした。

同作の見るべき点は、ライヴ映えしそうな聴きやすい曲が並んでいるところだ。

「そうなんですよ。実は今回のアルバムは、ライヴをイメージしながら制作していったんです。曲のイメージができたら、レコーディング前に少しずつライヴで試させていただいて。そんなことを重ねていくうちに、だんだんアルバムのイメージが固まっていったんですね」

いい例が、冒頭で触れた“Fallin’ in Love Again”。ゴスペルにも通じる曲調は、まさにライヴ向きだと感じる。

「そのとおりで、『ライヴでこういう曲があったら、お客さんも一緒に楽しめるかも』っていうところからイメージができていったんです。『ちょっと体を揺らせるような曲があったらいいんじゃないかな』って。サビの“これが私のLove song, love song”っていう部分を、お客さんと一緒に歌えたらいいなあって思っているんです。実際にレコーディング前にライヴで歌ったときも、お客さんの反応が明るくて。同じように“Hot”も、ライヴで盛り上がったらいいなあと思ってつくった曲です」

持ち味である間口の広さは、 “Sunshine”にも表れている。クラシック・ソウルのテイストを再現したかのような楽曲だが、「ジャンルを超えていろんな人が素直に受け取ってくれるような、そんな音楽ができたらいいなと思っていました」という言葉どおり、誰にでも受け入れられやすい魅力があるのだ。

一方、“Sunshine”や“Movin’ on”には、もうひとつの特徴も。これらには適度なバランスで、R&Bテイストが取り入れられている。

「そうなんですよ。私の青春時代、90年代のソウル・ミュージックの懐かしいテイストを盛り込んでいるんです。コーラスの感じとか、TLCなんかをイメージしたというか。“I Love your smile”という曲のタイトルも、実はシャニースの同名曲へのオマージュです(笑)」

ボサ・ノヴァ・テイストが心地よい “Music”からは、音楽への純粋な想いが伝わってくる。

「“Music”の原型の曲は、もともとレコーディングの1年くらい前にできあがっていたんです。最初は歌詞も別のものだったんですけど、どんどんイメージが更新されていって。最終的に完成したのは、ジョアン・ジルベルトが亡くなった2019年7月6日のこと。ですから、とても印象的でしたね」

その一方、『SUN』には以前とは異なる部分もある。これまでは自分について書いた曲が多かったが、今回は家族など大事な人の顔を思い浮かべながら書いたというのだ。

「具体的な経験を思い出したりするときに、思い出すのは本当に身近な人だから。たとえばラストの“光”は、喜界島にいる100歳の祖母のことを思い浮かべながら歌いました。いまはもうずっと横になっているんですけど、でも、そんな祖母からもらっているパワーってすごいなあと感じていたので」

彼女のパワーは、ライヴの場において最大限に発揮される。年末にかけていくつかのステージが予定されているようなので、そこで『SUN』収録曲がどう表現されるのかについても期待を持ちたい。
(印南 敦史)